瑞穂の国に感謝感謝、そして日々の記し

自然にもっと親しむためにブログをしてみます。

40年前の麻布「更科そば」以来のプリプリ蕎麦

2026年 令和8年 8月19日(水曜日)

旧暦7月7日(今日は旧七夕です。) ・立秋(8/7«旧6/25»から) ・蒙霧升降(ふかききりまとう)(8/18«旧7/6»から) 

 

久々のブログです。

まだまだとても暑いですね。

本日は七十二候の深き霧などどこにも出ず、快晴も快晴でした。

織姫彦星がみえるかも…(本当の七夕ですから)

ただ暑さの最高潮時より、立秋から朝夕は少しずつ涼しくなってはいます。

が、次の8月23日の二十四節気は処暑‥‥‥「ん~まだまだ暑いでしょう。」

 

話は変わって、今日は仕事休みで用事もあったため、久々CocoWalkに行ってきました。

長崎バス会社が運営しているのですが、なぜか「ココ歩く」です。

可愛い名前ですが、なぜになぜに「歩く」にしたのでしょうか?

「CocoTakeOn]や「CocoBus」という名前では、いかにも「乗ってって」と商売根性丸出しでダメでしょうね。

 その「CocoWalk」に蕎麦屋さんがあるのですが、時たま行っておりました。

その都度ほとんどは熱いそばを頼んでいたのですが、かなり前に一度「ざるそば」にした時も美味しかったし、たぶん蕎麦湯が出てくるはず‥‥と期待しつつ頼んでみました。

 「ざるそば」の醍醐味はツルっとした食感と噛み応えではないでしょうか?

確かに、十割そばは100%蕎麦なので本当はよく切れやすいため、通常は小麦粉を入れて切れにくくしているとのこと。

ただ、蕎麦も部分によってぷりぷりになる部分があり、それを使用しているためか、噛み応えがすごくあり、心の中で「こ、これはっ!!!」

 Cocoからは、まるで漫画のように「これは!!!」「この食感は!!!」

「40年前に出会ったあの時の食感!!!」

「東京、麻布十番の更科そばじゃないかぁ~」と感動しておりました。

そこには40年前に一度しか行ってないのですが、食感がすごくプリプリしてて「とてもおいしかった」記憶がよみがえってきました。

 そして蕎麦湯も最後にサービスで出してくれるなど、麻布の更科そば屋と同じで感謝感激でした。

 長崎や島原に昔からある蕎麦屋(と言うより、うどん屋が多い)では、たぶん蕎麦湯は出さないと思うのですが、どうでしょうか?

体に良い物を頂いたと感謝感激です。

江戸時代から江戸っ子の健康に対する知恵だと思います。

 私が東京にいた時は、ちゃんぽん、皿うどん、ゆでピーナツ、かんざらし、そうめん流し、縮れ麺ではないラーメン屋の豚骨ラーメン等、東京の外食屋にはあまり無いか全く無かったため無性に食べたかったのを思い出します。

ところ変われば食べ物も変わる。

これがいいんですよね。

って言いながら、長崎県に帰ってからはプリプリ蕎麦に出会ってなかったので、この長崎で40年ぶりのプリプリ蕎麦に出会えたのはやはりうれしかったです。

 あともう一つ、慣れとは、おかしい物です。

東京に住む前まで馴染んでいた味‥‥甘い蕎麦つゆ。

九州の人はそれが大好きです。

私も馴染んでいたため、東京でコンビニの蕎麦を食べた時に「まずい」と思った事を思い出しました。

長野県出身の人と東京の別の蕎麦屋に行った時も、甘い蕎麦つゆを選んで食べていたら、「よくそんな甘いの物で食べられるね」と言われたことを思い出しました。

 その後は何年か東京にいたため、段々東京のコンビニの蕎麦も美味しく食べられるようになりました。

が、長崎県へ帰ったら、コンビニの蕎麦つゆが甘いこと、めちゃめちゃ甘いこと。

 その後、蕎麦を食べなくなったとか‥‥。

食いしん坊の私には無理です。

そう、甘いつゆにまた慣れて、長崎のコンビニの蕎麦も又美味しく食べております。

 ただ、自分で暖かい蕎麦のみですが、作る時はあまり甘くないだし汁にします。

と言うか砂糖をいれません。

出汁と醤油のみです。

 では、今日はこの辺で、冷たいざる蕎麦用のつゆを作ったことがないので、いつか作ってみたいです。

その時は市販のよりは東京に近い甘くない蕎麦つゆを作ると思います。

では、失礼します。

 

 

 

 

久々の散歩

2025年・令和7年8月5日 火曜日

 

久々にブログします。😊

 

そして久々のお散歩、それも昨日の夜と

今日の夕方です。

 

 今日の夕方

 昨日の夜

 

 今日の夕方

 昨日の夜

 この辺りは、綺麗に開発されていて、家族連れ又はお犬ちゃん連れ、カップル、友達どうしで散策されていた方々によく出会いました。

もちろん一人でも散策、大丈夫ですよ!!

 散策は(自然の中がより最高ですが)歩くことで、体に良い事と、リフレッシュな気分になる事、それとアイデアが浮かぶなど良いことずくめとのこと!!

 実は何ヶ月か前までは、よく歩いて帰ってたのですが、途中から、あまり歩いてませんでした。

 だけど、また1週間前から、歩いて帰ったり、街まで歩いて買い物するなどしました。

 やはり体に良いのか分かりませんが… 

 実は一ヶ月前から、舌が左の上下の歯で挟む癖ができてしまい、左側面の舌が少し痛かったんです。

 舌を正常な位置に戻すも、気づいたら上下の歯に、左側面の舌が勝手に挟まれているんです…一ヶ月ぐらいもですよ!?

 何でだろうと思ってましたが…

 昨日気がついたのです。

 あれ、この頃、舌が挟まれてない!! と気づきました。

バンザーイ!! 舌が、正常に戻ったー!!

 

 経験や病気は、経験者しか分からないと言いますよね。

同じ経験をして、ようやく、その人の気持ちがわかるとよく言います。

舌が勝手に左上下歯に挟まれながらも、痛いながらも移動する癖は、一体何だったのでしょうか? 

もし、同じような経験がある方がいたら、どうやって治したのか教えてほしいです。

今回は歩いたから治ったのかは分かりませんが、一応一件落着ではあります。

 

 話は変わりますして、かなり前なのですが、初めてブログをした時に出した写真を思い出しましたので、お見せします。

 今回の上の散歩の写真から少し歩きますが、良い散策コースです。

 そのブログアプリは、もうありません。

それでハテナブログさんへ変更しました。

 

 長崎市の夜は、けっこう静かで魅力的です。

写真からそんな感じが出てませんか?

私は気に入ってる写真です(素人なので大目に見てね)。

では、このへんで失礼します。

お休みなさい。😴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪馬台」は「LYAMRADW」だった。

2024年、平成6年、4月8日  (旧暦2月30日)

二十四節気 4月5日から【清明】、

七十二候【玄鳥至 つばめきたる。旧読げんちょういたる。】

 

本日は私の趣味、歴史について書き留めておきます。

私は歴史学者でもないし、すごく歴史にくわしい訳でもありませんが、歴史は

学生時代から大好きでした。ので、書き留めます。

 

「いらすとや」の孫権

前々から歴史で「こうなのでは」と思うことをブログにしたためようと思っていました。

同感だと思う方、違うのではと思う方、ぜひ御返信ください。

私も勉強できますので、

 

では、今日の本題、「邪馬台」は「LYAMRADW」だったです。

なんじゃそれ、と思われるでしょうね。

実は古代日本の歴史好きな人々を、長々と迷わせている邪馬台国の古代中国語の

 邪馬台の発音なんです。

いらすとやの卑弥呼

現在の中国語(普通話、日本語でいう共通語)で、

「邪馬台」は「xie2かxia2、ma3、tai2」又は「xie↗かxia↗、ma↺、tai↗」で、「シェ↗かシャ↗、マ↺、タhイ↗」と発音します。

 

何と発音するか解らない方もいらっしゃるでしょう。

中国語を勉強したことがある方は、xie2とxie↗で解ると思います。

なので退屈でしょうが、勉強したことがある方は、ここはひとつ一緒にお付き合い宜しくお願いします。

 

いらすとやの中国語を勉強する女の子

では中国語を勉強したことが無い方に簡単にお伝えしますね。

では最初

①の「シェ↗又はシャ↗」は、↗の矢印のように上あがりに発音してね。という事です。

ローマ字の後にある↗矢印や2は(四声)と言って、その音を上あがりに発音するのか、下さがりに発音するのか等を表す物です。

xieの後の(↗又は2)の発音は、「シェ」を上あがりに言え、という事なので、

あくまで大袈裟ですが、

赤塚不二夫のイヤミが「シェー」と言う、あの言い方に似ています。

簡単ですね~。

↗のように中国語勉強が、上あがりの調子になり、やる気が出ましたね。

   ・私の年齢より上の方々は懐かしい漫画のキャラクターですよね。

 

では調子が、上あがりのまま、気分良く中国語を勉強しましょう。

次は

②の「マ↺」で、出だしは日本語の「ま」から始まり、そのまま気落ちしたように下げ、そしてまたもとの高さ近くまで戻します。

または、どちらかと言うと、下さがりのままの時もあるので、あまり高い声ではない「マ」と思ってください。

せっかく調子が上あがりから下がるんかい、となりますが、

上あがりばかりでは疲れますから一休みで落ち着きましょう。

   ・一休みと言うことで、

   ・関係ないけど、馬関連で、今頃ですが(かなり何年か前のドラマです)

   ・ツタヤで借りて見ている馬医、「마의」で「マゥイ」です。

   ・韓国語も現在の中国語と同じく「マ」と発音します。

   ・日本語の音読みは「め、ば、ま」です。

   ・話が大分それましたが、外国のドラマもブログで感想書きたいです。

 

はい!一休みが終わりました。

最後の

③の「タhイ↗」も四声はまたも上あがりの2番目ですが、

タの隣の(h)は何?

これは中国語は無気音と有気音の区別をします。

有気音は言葉を発した後、息を出すんです。

「タァ」ではなく、文字で書くと、「タh」が近いでしょうか?

「タ」と音を出して直ぐに、息も一緒に漏れるように出し、そして「イ」の時は最高に上あがりに発音していると言う感じです。

 

現在の中国語の勉強はここまでにして、

簡単に現在の日本語で書くと「シェ・マァ・タhイ」と読みます。

初めからそう書いてくれと言われそうですね。

自分でも簡単に書けばよかったと今思ってます。アハハ

 

   ・実は私も中国語はビギナー並みです。みません偉そうに教えて。

 

では、古代中国語では、「邪馬台」は何と発音されたかと言うと、

もちろん辞書で調べたのですが、

wiktionary英語版で「邪」「馬」「臺」を調べた結果なんです。

                    ウィクショナリー - ウィクショナリー日本語版

     ・日本語版から英語版にすぐ変更できますよ。

 

ではまず、

①の「邪」=「lya」です。

えっ、「リャ」と読むんじゃない?

実は、そうなんです。

ですが、「リャ」は、強く発音すると「ジャ」「ダャ」

弱く発音すると人によっては「ヤ」と聞こえます。

試してみてください。

 

また現在の日本語では「邪」の音読みは「ジャ」「シャ」「ゼ」が主流です。

しかし音読みの呉音では「ヤ」と発音します。

古代中国(ここでは2~3世紀)でも既に「ya」と言ってた可能性はあります。

音読みの呉音(5~6世紀に日本へ入った中国南部の漢字の発音)が

漢音(唐(7~10世紀)代の遣唐使より入った漢字の発音)より古いです。

 

現在の中国語、普通話(北方)は「シェかシァ」に、

客家語は「シャ」、呉語は「ジャ」(現在どちらも南方)に変化してます。

 

そこで、

1.西晋(3~4世紀)代は「邪」は「ヤ」と発音していたのか?

2.「邪」の文字を取り入れた5世紀ごろの日本人が「ヤ」と聞き違いしたままに今に至っているのか、

3.古代日本人から「やまと」と聞いた古代中国人の耳には、最初の「や」が「邪(リャ)」と聞こえたのか

4.その当時の中国は中華以外の国の名には、悪字をつけることが多く、どうかすると「や」にも聞こえる「邪」を最初につけたか?

「邪」だけでも推理して複雑にしてしまい申し訳ないです。

 

次に

②「馬」=「mra」です。

え?古代中国人は「馬」を「村mura」と発音していたのか?

実は、少し違うけど、そうなんです。

それは音は近いけど、「mura」と発音しません。

 

いらすとやの村

「ムのmu」ではなく「m」なんです。

「m」の後に「u」が来ないんです。

つまり「m」の後すぐに「ra」と発音します。

「m」は唇をムッと閉じます(マ行のムを発音する段階まで来てます)。

次に「u」ではなく、mの後にすぐに「ラ」と発音します。

 

ここで、「ラ」を強く発音したら「mラー」より、「bラー」又は「pラー」の発音に近くなります。

試してください。

 

「m」の後に直ぐ弱い「ra」が来ると、現在の中国語の「ma↺」に近い発音になります。

つまり現在の中国語の「馬」四声が3番目の「馬(ma↺)」に近い発音になります。

例えばこれが、 媽「ma1」の四声の1番目の甲高い「ma➡」だと、

「や↗まぁ➡」となり、外国の方が「ゃまぁだ(山田)さん」 とよく発音されますよね。

日本人には「山田さん」と理解はできますが、聞く音は違和感を感じ、外国の方だなぁと分ります。

しかし日本人が言う「やま」の「ま」は、そんなに強く発音しません。

なので、「馬」「mra」、弱く発音する「マ(馬)」の文字を付けたのだと思います。

 

邪馬台国を紹介する魏志倭人伝にも「倭国には馬がいない」と記しているにも関わらず、「馬」を付けたのは、その当時の中国語の「馬」=「mra」が日本語の「ま」に近かったのではないでしょうか。

同じことを繰り返しますが、「馬」は現在「ma↺」と四声でも3番目のゆっくり下さがりの発音で、強くない発音です。

      仔馬のイラスト

 

さぁ、最後です。

③の「台(現在の漢字)」=「臺(旧漢字)」=「dw」です。

え?「ドゥ」なの?

そうです。

 

今では、日本語の音読みでも、現在の中国語に近い「ダイ(呉音)」か「タイ(漢音、呉音)」と発音します。

 

しかし古代の中国語では「dw」で、「ドゥ」が近い発音です。

ドウ思われますか?(おやじギャグですみません)

 

 

そう、「ヤマタイ」ではなく、「やまと」と発音していると思いませんか?

彼らの聞いた日本語を、その当時の中国の方がはっきり「ヤマト」と聞いてくれていたと思いませんか?

現在客家語でも「臺」は「thoi」「toi」「トィ」。

現在の閩北語(福建省)は「do」「ド」で「ト」に近いです。

私は「邪馬台国」は「やまたいこく」ではなく、「やまとこく」とした方がいいと思っております。

 

話はそれますが、現在の中国語で外国語の固有名詞などは漢字で当て字しますが、何となく発音が近ければ良いみたいな何かゆるいです。アハハ

youtubeで時々見ますが、面白いです(今の時代はPCで確認できるし、いいと思います。)


www.youtube.com

  ・日本人と韓国人と中国人と米国人の発音の違いが面白いです。

  ・米国人にとって日本語も結構おもしろい発音みたいです。

  ・ちなみに韓国在住の日本の漫画大好きな米国人とのことです。

  ・外国人の友達がたくさんいて羨ましいです。

 

そう思うと、よく昔の日本語の発音を古代中国人向けとは言え、正確に近く残してくださったと感謝感激です。

もちろん、日本人からしたら「lya・ma・dw」は正確な「やまと」の発音ではおりませんが、

陳寿はその当時の古代中国人向けに書いています。

「邪lya・馬mra・臺dw」が日本人から聞いた「やまと」に近い発音の当て字だったのだろうと思われます。

三国志を著作した西晋(265年-316年)の陳寿(233年-297年)様、ありがとうございました。

                         陳寿 - Wikipedia

と同時に、

まぁ沢山の日本人が邪馬台国はどこだどこだと、こんなに悩ましてくださり(まぁ、楽しい悩みですが)イヤミでのありがとうではなくて、何と言うか、悩ましてくださりありがとうございました。

となるんでしょうか?!アハハ

 

そして未だに日本人は見つけられずにいます。

日本人の歴史好きな人たちの推理力を、こんなにも悩ました三国志魏志倭人伝。すごい!

学もない私ですら、歴史好きのために、その推理を楽しんでる日本人の内の一人です。

         魏志倭人伝 - Wikipedia

 

*私の邪馬台国の考え         

私は、最初は関西ではないかと思いました。

南ではなく、東の間違いだろうと思ったからです。

船でいったん南に行き、方向を東に四国の高知県の海沿いを行きながら関西へ行ったのではと思っていました。

 

しかし、この頃は九州説も強くなってますね。

それを聞いた優柔不断な私もグーグルアースを見ながら、

それなら佐賀県と福岡県のあの辺りが平野が大きいので、九州説もありかなぁと思う時もあります。

九州人なので、そう思うと、とてもとても嬉しいのですが、、、

そしてその場合は、やはり佐賀市から八女市までの広大な平野でしょう。

かつての福岡県の旧山門郡大和町(やまとぐん やまとまち)もその中にあります。

 

でもこの前の蛇行剣のニュースを見ると、やっぱり奈良県の関西だろうなぁ。

 

もしくは、かつての大和朝廷のライバルの島根県の出雲か?

 

まさか私の地元の有名人が、島原と言っていましたが、

それならめっちゃ嬉しいのですが、

「ん~、やっぱりありえん」(平野が少ない)残念!

 

今では四国説、九州の田川説、沖縄県説、台湾を通り越してフィリピン説(魏志倭人伝の通りの距離ならありえる)などなど、

 

皆さま楽しく推理していらっしゃるようです。

いつかこの推理が解ける日がくるのでしょうか。(どうか来てほしい!!)

 

それにしても「邪馬台国」は「やまとこく」に訂正された方がいいのではと思っている私ですが、

奈良県大和朝廷と勘違いされるから、そのまま「やまたいこく」がいいのか!?

皆さまはDw思われますか?

 

 

 

 

 

今日は、ちょっと冷え込みました。その時には?

  2022年、令和4年、10月08日、土曜日、 旧暦9月13日

  寒露【かんろ】、『鴻雁来』(コウガン〈来たる。)、 十三夜 

 

 

 

 

 だんだん涼しくなってはいましたが、

 

 今朝は本当に少しヒヤヒヤ~と寒かったです。

 

 起きてすぐ暖房をつけましたもん。

 

 カレンダーを見て、「今日は寒露か、道理で寒いはず。」と納得、納得。

 

秋の風景

 

 二十四節気は、中国の中原(河南省)の気候をもとに、中国で作られた暦なのに、よく日本の季節に当てはまることも、あるもんだなぁと感心、感心。

 

 なんせ今朝は秋になって、初めて暖房つけるほどピタッと当てはまるなんて‼

 

 古の人々が毎日1日1日を、正月から数えて、ちょうど10月8日頃になると、「今日はひゃーとするばい! 間違いなかぁ! ひゃーとするけん、寒露と名付けんば!」と言ったかどうかは分りませんが、

 

 毎年毎年同じように季節の移り変わりがするため、親から子へ伝えるし、その内、正確に数えてみたり、計算してみたり、星や太陽や月を見て観測したりしたのは間違いないと思う。 

 

 なんせ、自分たちの「うまんま」である農業や畜産にもかかわることなので、古の人々が少しずつ知識を蓄えて、季節をわかるための暦を作るのはガテンがいきます。

 

 いや~今日は朝から「二十四節気てすごいな」「昔の二十四節気作った中国人すごい、と改めて思わされました。

 

 だからでしょうか、今宵はyoutubeで「1972年日中国交正常化 田中角栄総理の訪中団共同声明調印までの記録映画」を見ました。


www.youtube.com

 まずは、田中角栄元総理大臣は本当に素晴らしい方です。

 

 そして、中国の方々が、恨みよりも日本を受け入れたことが嬉しかったです。

 

 日本軍が中国の本土に入り込んだこと、また肉親を殺された方々もいらしたと思います。

 

 恨んでいたでしょうに、日本と国交正常化を選んでくださったことを嬉しく思いました

 

 また私だけがそう見えたのかもしれませんが、毛沢東主席が、田中首相が帰る時に、玄関までわざわざ御見送りして下さり、そしてまた田中首相と握手される時に、毛主席が少し涙ぐんでいらしたように見えました。

 

 下記は、私の勝手な空想なのですが、

 「日本が中国本土に入っていた時は、毛主席は若い兵士だったはずだ。 

  きっと、その頃は日本を敵と思っていたでしょうに。 

  まさかその日本(敵)と仲良くなるなんて、

  その頃は想像もつかなかったはずです。 

  日本のトップが中国に絶交を止めて、国交正常化をしたくてやって来た。

  毛主席も感無量だったのではないでしょうか。」

 

 私の空想でしかありませんが、そう思いました。

 

 単純な庶民の私が、言うのもなんですが、日本は世界中の人たちと仲良くなるのが一番と思います。

 

 ただし、どの国にも仲良く、でも人のように幼馴染とかでは無いので、そこは国と国ですから、慎重に仲良くでしょうね。

 

 今は日本はすべての国々と、お互いに平和で平等な関係を築いてますが、

 

 付き合う国の濃度は、やはり近隣のアジアが多くなるのは当然です。

 

 毛沢東主席が「ケンカしないと仲良くなれませんよ」と言ってくださっています。

 

 これからは仲よくしようという日本に気を使って下さった言葉だし、また毛主席も本当に仲よくしようと思って下さってたと思います。

 

 せっかく一番仲の悪い時代の先人たちが、仲良くする道を導いてくださったのですから、今の我々がうまくそれに乗っかって仲良くする道を、仲悪くなりそうな時こそ、我々は模索しないといけないのでしょうね。

 

 難しいこと、難問あるでしょうが、政治家や役人の方々、大変でしょうが、頑張って下さいませ。

 

 また我々一般人は日本に来る外国人に失礼の無いよう仲良くしたり、おもてなししたりするしかできませんが、外国との問題を担当している方々よろしくお願いします。

 

 また話は変わりますが、私たち一般人も、ニュースや情報で、「また中国は」、「また韓国は」、「またアメリカは(近隣ではないが海を隔てれば隣てことで)」て思うことありますよね。

 

 また彼らも「また日本は」て思っていることもあると思います。

 

 そう日本人だけでなく、すべての国々の人々が情報やニュースで、自分の国以外の国には少なくとも1回は嫌悪感を持ったことはあると思います。

 

 でも、いろいろと平和的な解決策を模索しながら、特に近隣諸国とは仲良くしないと、ロとウのようには、絶対なりたくありませんし、今の時代に、もうおかしいです。

 

 もちろんロもウも言い分はあると思いますが、平和的に解決してもらいたかったと思ってます。

 

 私は中国も台湾も韓国も米国も大好きですが、ニュースや情報で嫌悪感を感じることもあります。

 

 そういう時は、嫌悪感を持ちそうになった国の好きなものを見たり、聞いたりして、読んだりして理性を取り戻します。

 

 中国と韓国と米国のドラマや映画は面白いのが多いので、前記のみならず、自分の人間関係のストレス発散にもなります。

 

 だいたい主人公はよく問題を解決しながら成長してますので、勉強にもなります(真似はできませんが、そこはドラマですからアハハ、真似したら大変です)。

 

 みんな人間は一人ひとり違ってて、でも同じなんだなぁとわかりますもんね。

 

 だらだらと書き綴りしましたが、平和ばんざ~い。で締めくくります。

 

 では今日はこの辺で、

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

石の上にも3年、っで、腹が立っても3年。3

※お爺さん何人いるの?2-2

 

今のところに引っ越しして3年と2か月がたちました。

 

この間に私が見た階下のお爺さんは4人か5人です。

 

前ブログの2にも記入しましたが、最初のお爺さんとあいさつしたけど、顔をおぼろげにしか覚えていないです。

またまた温和なお爺さん

後で私が見て、はっきりお顔を覚えているお爺さん4人の中に、最初のお爺さんがいたのか、いなかったような気がする方が、私の中では強いのですが、、、、

 

それで、お爺さんが4人か5人と曖昧な人数なのです。

 

1番目のお爺さんは、引っ越し最中に出会っています。

 

 

2番目のお爺さん

を見たのは、アパートに行く通り道近くに、車が停まっておりました。

 

私は原付バイクなのですが、バイクが通りずらいと思われたのか、その車の運転席に乗っているお爺さんが私に礼をされたので、私もニコッと礼をしました。

 

このお爺さんも感じの良い方とわかりますよね。

 

そして私がバイクを停めて、アパートに行こうとすると、

私の部屋の階下の玄関からお婆さんが出てきて玄関の鍵をかけて、ドドドドドドドドドーッと走って行って、その車に乗りこみました。

 

走ってらしたけど、一応お婆さんに「こんにちわ」と言ったら、止まりもせず、ドドドーッと走り続けながら、律儀に「こんにちは」と言ってくださいました。

 

急いでいらしたんでしょうね。

 

でも、その後思ったのが、最初に見たお爺さんて、あんな顔だったかなぁと訝しく思いながらも気にしないでいました。

 

その頃は、階下の住人から「気持ち悪い」とか、もう言われていた時でしたが、2度目のお爺さんと、初めて見たお婆さんは感じ悪い人達には思えませんでした。

 

2度目のお爺さんの特徴:

(目がくぼんでいる、やせ型、優しそうな顔)

もしかしたら、1度目のお爺さんと同一人物かもしれません。

でも、一度目のお爺さんは目がくぼんでいなかったような気がするんですね。

 

このイラストのように優しい老夫婦のようでした。

 

3度目のお爺さん

を見たのは、私のアパートのベランダから覗いた時です。

 

何やら、ベランダ側の外で、老夫婦が外で何かしていらっしゃる音が聞こえてきたので、ベランダからそっと覗いたのです。

 

で、この時は驚きました。

 

今までのやせ型お爺さんではなく。

 

そしてお婆さんまで違うや~ん。

 

二人ともまん丸顔で、目もくるりんと丸く、お爺さんの背丈がお婆さんと同じくらい小さい。

 

太ってはいないのですが、少しだけ、2人とも、ずんぐりしていらっしゃってたです。

 

二人とも優しそうな感じがするのは前に見た老夫婦と同じですが、

 

部屋に戻って(誰が下に住んどっとやろうか?)と疑念がわき始めました。

 

3度目も違うお爺さんを見ると、「友達が遊びに来ているのか」と普通は思うはずです。

 

2度目は車の中でしたが、1度目も3度目も、何と言うか、どちらも住んでいる人という感じなんです。

 

友達や、親族が遊びに来ているなら、話し声とか聞こえていいはずなのに。

 

「あれれっ⁉」て言う感じです。

 

一番お気に入りのジェレミー・ブレットのシャーロックホームズに相談できるなら

 

そして4度目のお爺さん

を、見たのは、やはりベランダから覗いた時です。

 

ベランダで花の手入れをしていたら、階下の人が外に出る音がしたので、上から見たら、

 

これまたビックリ!!

 

今度は背丈が高くノッポで痩せた、でも1番目と2番目に見たお爺さんとは顔が明らかに違いました。

 

また雰囲気も今まで見た方々と違いました。

 

申し訳ないけど、ちょい悪爺さん風とでも言うのか、

 

「若いころはバリバリでブイブイ?」と聞きたくなるようなお爺さんでした。

 

もし違っていたら申し訳ないっす!て、私が悪風に言ってどうする。

 

ただ、3番目と4番目は遊びに来た人たちかなと思ったりもしましたが、だけどその時とも、とても静かだったのを思い出します。

 

普通、友達が遊びに来たら、話に夢中になり、だんだん大声になると思うんだけど、、、? (特に私はそうです。)

 

ちょい悪爺さんぽいでしょ。

そして、最後の5番目のお爺さんです。

 

前から書いていますが、兎に角、老夫婦と言うよりも、その子供か、孫から、ずっと嫌がらせの言葉が、よく聞こえていたのですが、前より収まったかなと思いきや

 

昨年のある日、また大きな声で女性が「気持ち悪い」が聞こえてきました。

 

で、とうとう我慢できなくなり、私に言っているのか、確認したくなりました。

 

階下の住人のドアのピンポンを押しました。

 

最初に出てきたのはお婆さんでした。

 

言いずらかったのですが、

 

「上に住んでいる者です。実はよく「気持ち悪い。はよ出ていけ」とよく聞こえるのですが、私に言ってらっしゃるのですか?」

 

と、思いっきりストレートに聞きました。

 

すると、あわてたように「いいや、あんたに言よらんとよ。夫婦喧嘩よ。」と言うんです。

 

「夫婦喧嘩には思えないですね。 誰かに言っているように聞こえます。」と言うと、

 

部屋からお爺さんも出てきたのですが、やはり今まで見たお爺さんとは、違うような、ただ2番目に見た車の中のお爺さんには一番似ていました。

 

でも、2番目の車の中のお爺さんと、この5番目の爺さんは似ているようで、少し違う感じはしています。

 

で、話を元に戻して、

 

それからお爺さんも、「いいや、夫婦喧嘩だよ」と言われますが、

 

(さっきまで「気持ち悪い、出ていけ」て夫婦喧嘩していたにしては、全然そんな雰囲気してないなぁと、すぐに誰にでもわかります。

 

「若い人の声がよくしますが、その人たちが言っているようです。」

 

と、言うと、「引きこもりの息子が一人います。」だそうです。

 

「真っ黒こげにしてやる。」「腹立つ」と言っていた、あの息子が引きこもりぃ??

 

反対に誰かを引きこもりにさせてしまうタイプの声、としか言いようがないのですが、、、、?

 

なんせ、声のタイプがおおどそう(意地悪そうな)で、そして質(たち)が悪すぎる言葉遣いの中年の男ですよ。

 

本当に息子さん???嘘だろう???と思いました。

 

話は変わりますが、

 

ここに引っ越ししてから、最初の2,3か月の間は階下から誰の声も聞こえて来なかったので、お爺さんの声も分からなかったです。

 

2,3か月後から、若い男女と同時に、かなりハスキーボイスの爺さんの声が、よく聞こえて来るようになりました。

 

しかし、ほとんど、その爺さんからは、嫌がらせの言葉は聞こえなかったです。

 

ただ家族と何か話しているのは聞こえるのですが、、、、

 

そして、そのハスキーボイスのお爺さんは5番目の爺さんとその時に、判明しました。

 

2番目の爺さんと同じく、奥目で、瘦せていました。

 

背丈はそんなに高くないけど、お婆さんや私よりは高そうでした。

 

体が弱そうで、意地悪ではない人と言う感じはしました。

 

お婆さんもやはり意地悪そうには見えなかったです。

 

2番目のお婆さんのようにドドドーッと走れたかはわかりませんが、

 

 

仲のいい老夫婦にしか見えなかったのですが、

なんせ、何と言うか、嫌がらせの言葉は、老人ではない女性の声が圧倒的に多いです。

 

そして女性は3人か4人の違う声がします。

 

1人目はお婆さんのような声です。

でもこの方からはあまり悪口は聞こえて来ないです。

 

2人目は中年女性(シャキシャキしているが気が強そうな感じ)、

3人目は20代ぐらいの若い女性(よくいるちょっと生意気そうな若い子、孫か)、

4人目は、中年と老人の中間ぐらいのドスのきいた声の女性(最初の気持ち悪い出ていけの人か?、私この人の物まね上手です。)

 

それと、中年の男性が1人か2人です。

 

引きこもりの男性(息子)とは思えないです。

 

男性1人目は、ハスキーボイスお爺さんですね。

この人もあまり悪口は少なかったです。

 

男性2人目は、質(たち)の悪い中年の男の声です。

 

特にここ何か月も、この中年男性と若い女性がいつも階下に、待機しているようなんです。

 

私、思うんですけど、この若い男女数人が老夫婦に何を吹き込んだかは、わかりませんが、

 

あの2,3か月の間、すごく静かで、誰も階下の老人の部屋に、全然遊びに来ていなかったみたいです。

 

そしてもし、そのままその状態が続いていたら、きっと私は階下の老夫婦と完全に仲良くしていたと思ってます。

 

老夫婦てかわいいとよく誰でもいいますが、そう思いますよね。

 

私が、このアパートの近所の方たちから、たまたまお話しして階下の老夫婦の事を聞き知ったことは、

①階下の老夫婦は、かなり長くこのアパートに住んでいること。

②階下のお爺さんは背丈が小さくて、目がくりんとしていて、かわいい、そしてなんと奥さん(お婆さん)よりも背が低い。

③息子が1人いて、持ち家を持っている。

④息子が一緒に住もうと言っているが、行かないと老夫婦は言ったとのこと。

⑤息子は県外に住んでいるとのこと(私より立派な息子さんです)。

 

以上、近所の方からたまたま聞いた夫婦の内容と、私が実際に見聞きした老夫婦は、

①2番目、3番目、5番目のお爺さんが階下の住人になります。

②2番目と5番目は夫婦とも似ていましたが、近所の方の言うイメージとは違うこと(お爺さんお婆さんより背が高かった)。

③3番目が一番近所の方の言うイメージにピッタリです。

④3番目のお爺さんと一緒にいたお婆さんも、2番目と5番目のお婆さんと違いました。

④ただし、ずっと階下から聞こえて来たハスキーボイスは、5番目のお爺さんになります。

 

お爺さん、何人いるんですか? 

 

何番目のお爺さんが、本当の階下の住人なんですか?

 

と言いたい私です。

 

では、今日はこの辺で失礼します。

 

次回は、階下の引きこもり男と女の人たちは、〇〇〇〇〇と思ってます。です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石の上にも3年、っで、腹が立っても3年。2

2:お爺さん何人いるの⁉

 

ここに引っ越しして一番最初に会った方が、階下のお爺さんでした。

 

お爺さん①:

ひょろっとしていて、少し体が弱そう。

温和な顔立ちで、少し微笑まれたのを、思い出します。

目はくぼんでいなかったような気がする。(もしかしたら、くぼんでいたか)

声はハスキーではなかったような・・・ (もしかしたらハスキーだったのか)

急いでいたので、顔、声をはっきりとは覚えていません。

 

その時は、お昼1時間前ぐらいでした。

挨拶した後は旧アパートへ荷物取りと、昼食するために帰りました。

 

(優しそうなお爺さんでよかった。体が弱そうだから、病院帰りかな)

と思い、夜はなるべく静かにしなきゃと思ったのを思い出します。

 

温和そうな翁

ちょっと話はかわりまして、

 

引っ越し前の旧アパートは1kのロフト付きで、カーテンも一か所でした。

 

今のアパートは家賃は3千円高くなりましたが、

日当たり良好、2DK、シャワー付き、水栓トイレでトイレ風呂別々、ましてや個々に窓あり。

洗濯機が部屋内に置ける、洗面所も個別にある。

そして部屋も台所も明るく、台所はDK、つまり広いということと、給湯付き。

 

2部屋で、1DKで、水回りが個々に分かれていて窓付きです。

今の家賃で条件良すぎる。

事故物件か確認したほどです。

 

なぜ安いのかは、たぶん、トイレが狭すぎる(掃除する時、めちゃ大変です。)

風呂が今時まだタイル張り(冬は寒い寒い)です。

交通が駅又はバス停まで行くのに10分近く歩く。

築40年ぐらい、でも内装はある程度、きれいでした。

でも、最初の掃除は大変な方でしたけど。

 

アパートで検索したアパート画像:よく見かけるタイプですね。

話はまたまた変わりますが、

前アパートで玄関に生卵を投げつけられた事件が10回ほどありました。

その内、警察に通報したのは4,5回だったと思います。

犯人は同アパートの方だったのですが、すこし現実と妄想がオーバーラップされるとのこと。

私も親しくさせて頂いてたのですが、人懐っこい良い人だったのに、本当に残念でしたし、ショックでした。

ただ、この人が犯人なのではと、最後の生卵事件の時は思っていましたが、

 

卵はこのように料理に使いましょう。

その方は、体が不自由なので、仕事はしていらっしゃいませんでした。

ただそれにしても、やたらとボランティアがその方の部屋に来るな。とは思っていました。

料理作りもボランティアが来ていました。(つまり、その方には一切料理を作らせない。)

 

以前にも体が不自由で、一人暮らしで、仕事していない3人の方々と、たまたま同アパートになった経験があります。

3人の方々とは、それぞれ違うアパートだったのですが、

ボランティアらしき人が、その方々を訪ねるのを、一度も見たことはありません。

たぶん、私の想像ですが、前アパートのその方は、ボランティアがいないと危ないのかなぁと思いました。

それで、まだローンもあったのですが、引っ越しを決意しました。

 

さかいには頼まなかったけど、かわいいおもちゃの車を見つけたので

話を今のアパートに戻します。

 

引っ越し期間中に私が出会ったもう一人の人は、斜め下の部屋の女性でした。

 

まっ金髪で髪をくるくる巻いていて、キャリーぱみゅぱみゅか、と突っ込みたくなるような人でした。

 

正直(うわぁー、こわ系かなぁ)と思いましたが、あいさつすると、とても感じの良い人でした。

 

斜め下に住んでいるとのことでした。

 

それからは、何か月も、誰とも会わなかったです。

 

早くに挨拶していれば、誰が住んでいるのかわかるのに、しなかったのが、だめでしたね。

 

と、反省しているのですが、

 

昔の風習が、やぐらしい(共通語がわからん:お手数かける?か、自分には言わないしなぁ)けど、

◎ちょっとした手土産をもって、住む近所や同アパートの上下左右に持って行って挨拶をする。

 

しとけば良かったです。良い風習だった。昔の人は偉いです。

 

ちょっと長すぎました。また後で書きます。

 

次回はお爺さん何人いるの2-2です。 ほんとか?また脱線したことを書きそうな・・・・・あははは

 

 

 

石の上にも3年、 っで、 腹が立っても3年。

久々のブログです。

 

この頃、ブログをする気になれずにいました。

 

その理由は私の住んでいるアパートの下の階の住人からのいじめです。

 

このブログで引っ越しして、静かなところに来て嬉しいと書いたことがありますが、あれからトンデモナイいじめにあい続けているからです。

 

今でもです。

 

私がこのアパートに引っ越ししたのは、今から3年と2,3か月前でした。

 

私の引っ越し方法は、持っていける物は自分で運び、大きな物(冷蔵庫など)は一番最後に業者に頼む方式でした。

 

まだ小さな物を運んでいる最中に、お爺さんに出くわしました。

 

「今度引っ越ししました〇〇です。」と、明るくあいさつしたのを今でも思い出します。

 

「あ~、そう。 〇〇です。 ここに(私の真下の階を指して)住んでます。」

 

(やさしそうなお爺さんだ。良かった。)と記憶しています。

 

スリッパを買うときは(フローリングだし、音のうるさくない下がフェルト製のスリッパにしよう)と思いながら100円ショップで買ったのも思い出します。

 

なぜなら、その当時、コンビニで夜の12時まで毎日務めており、(帰る時間には寝てらっしゃるだろうなぁ)と思ったからです。

 

このように、私はある程度、人に気を遣うタイプです。

 

スリッパ に対する画像結果

 

私が20代前半に東京にいた時、「人に気遣いすぎだよ」と、職場の何人か(性格の良い人たちだけでしたけど)によく言われてました。

 

今でも東京の人たちの方が、優しかった人が多かったような気がしてなりません。

 

長く長崎に住んでいるから、仕方無いのかもしれませんが、、、、

 

どこにでも、意地悪い人、優しい人、いますもんね。

 

長く住めば、ほとんどはまともな人々との出会いですが、信じられない意地悪い人に出くわすもんですね。

 

本当はこのブログは人の悪口を書くために作ったのではないのです。

 

話がそれてしまいました。

 

引っ越しして、一番うれしかったのは、夜にはとても静かだったことです。

静かな夜

昼間は、その当時も今も、アパートの近くで区画整理事業工事をしているため、平日は8時から5時までうるさいです。

 

でも、土日の昼間と5時以降はとても静かだったんです。

土地の整備中の画像にこの写真が出たので、関係ないけど。

① 2,3か月後の階下の住人の突然の変貌

 

それは突然やってきました。

 

実は引っ越しして2,3か月後、たまたま私の勤め先の男性が、私に対して思うことがあるらしく、なんと言えばいいのか、他の人にはわからない、変な意地悪をするのです。

 

それでイライラしていました。

 

お店でその男性(先輩)とけんかするわけにもいかず、自宅(アパート)で、仕事休みの日に、思いっきりその男性の悪口を大きな声で言ってしまったんです。

 

それが、良くなかったのでしょう。

 

階下の人からすると、自分達が言われたと思ったのか、その日の夜に老人と男性(30歳~50歳代)と女性(20歳~50歳代)の大きな話し声が聞こえてきたんです。

 

聞こえ始めた時は(息子か娘夫婦が来ているな)と思っていただけでした。

 

若い方の男が「腹立つ、腹立つ」と言っていたのは、今でもよく覚えています。

 

で、ごちゃごちゃ話しているのが、結構聞こえてたのですが、かなり人の悪口を言っていたのを覚えています。

 

そしてびっくりする言葉が聞こえてきました。

 

「真っ黒こげにしてやる。」

 

さすがにびっくりしましたが、家族で誰かの悪口を言っているのだろうと思っていましたが、

 

そのうち、私の事を言っているような感じ!!がしてはいましたが、

 

おかしいな。でも私の事を知っているわけないしな?でも、自分の悪口を言われているみたい。?!

 

予感は的中しました。

 

それと、一番びっくりするのは、その日から必ず若い男女の声が階下からするようになりました。

 

そう、老夫婦だけが、言っているのならば、ともかく。

 

老夫婦の声はほとんど聞こえなくて、(20歳~50歳ぐらい)の若い男女の声がほぼ聞こえてきます。

 

私はその当時、昼からの仕事が多く、夜は遅いので、朝8時か9時に起きると、エアベッドを使っていたので、起きる時に音がキュキュとなるのですが、すると、

 

「気持ち悪い、はよ出ていけ」とほぼ毎朝、ほぼ毎朝、ほぼ毎朝聞こえてきました。

 

私が起きて、ふすまを開けると、「気持ち悪い」て女性の太い声が階下から聞こえてきたもんです。

 

どう聞いても、隣とか斜め下の階からは聞こえてきません。

 

階下だけです。

 

そして「気持ち悪い出ていけ」は女性の方がほぼ100%言ってました。

 

これはおばあさんも一緒に言っていたようです。

 

そう、女性が2人いるんです。

 

もちろん、これだけではないです。が、

 

もう夜も遅いので、今日はこれまでにします。

 

次回は②爺さん、何人いるの?です。

 

私が、20代のころは、私生活(同アパートの住人や近所の人々など)で出会う人々すべて優しいというか、まともな長崎人がたくさんいたような気がするのですが、、、、